動物園を100倍楽しむ方法】第9回 チーターの飼い方
前編はこちら
動物が大好きだから、動物園の生き物についてのいろんなことを知りたい。そこで日々、担当する動物と接している飼育員さんに、じっくりとお話を聞こうというのがこの連載。動物園の動物たちの逸話を教えてもらおうというわけである。
今年開園60周年を迎えた東京都日野市に位置する多摩動物公園。上野動物園の約4倍という自然が残る敷地に、柵を使わない形で動物を展示している。
今回はチーター。短距離では時速100km以上で走れる哺乳類で最速の生き物だ。多摩動物公園のチーターは現在13頭。展示スペースはアフリカ園のライオン舎のそばだ。国内でのチーターの飼育頭数は約100頭。多摩動物公園では一昨年と昨年と3頭が出産し、合計で12頭の赤ちゃんが誕生した。
飼育員になって9年目の佐々木悠太さん、ライオン、チーター、サーバルを担当して8年になる。5人の飼育員とともに日々、これらネコ科の肉食獣の飼育を担当する。ライオンとは真逆の繊細なチーター。それはなぜなのか。後編がはじまる。
“オレのことをわかったという気になるなよ”
チーターは昔、その毛皮が珍重され乱獲されて激減した。そこから数が回復したせいか、近親交配が進んで遺伝子的な対応が低い。だから病弱なのでしょうか。餌の馬肉は冷凍で来るのですが、冷えた物を食べさせるとお腹を下すので、解凍して常温で与えています。
国内生まれのチーターなので、ある程度四季には対応できますが、急な気温の変化で体調を崩してしまう。冬は獣舎に設置されたエアコンを使い、15℃を下回らないようにして。エアコンが明け方切れるようにタイマーをセットし、外気との温度差をなるべく10℃以内にする。
多摩動物公園の冬は、しばしばマイナスの温度になるので、そんな時はチーターを外に出したくないんですが。お客さんには見てもらいたいので、それぞれの個体の体調と天気の兼ね合いを考えて出します。
8年間飼育しているからってわかった気になるなよ、チーターにはいつもそう思い知らされていますね。
チーターの寿命はおよそ10年ですが、ある個体は若い頃のイメージが僕の中で強くあって。冷たそうな雨が降っていても、まっ、このくらいは大丈夫だろうと運動場に出したら、体調を崩してしまい獣舎の中で動かない。餌も食べない水も飲まない状態に陥ってしまった。部屋を暖めて獣医に来てもらい抗生剤を注射してもらいました。
繊細でデリケートなチーターは自分一人で判断しないこと。他の飼育員と「あれ、ちょっとヤバいんじゃないか」とか、「この個体、ちょっとヘンだよ」とか。日々お互いに気付いたことを言い合いながら、飼育をするようことが大切になってきます。
バケツの中身を見抜く知能
ゾウやチンパンジーは、飼育員と一対一の関係を築き飼育しますが、「チーターは各個体に感情移入しない飼い方をしている」と、担当になった当初から、先輩に飼育方針をはっきりと告げられてます。飼育する13頭のチーターには、それぞれ名前が付いていますが、チーターの方は自分の名前を自覚していないんじゃないですか。
飼育員の顔も覚えていない様子で、僕が私服で展示舎の前を歩いても、僕に気づいた素振りをするチーターはいません。作業服を着てバケツを持っていないと、飼育員に対して反応しない。
では、チーターが他の動物よりも、知能が劣っているのかといえば、そうとも言えない。野生の肉食獣は毎日、狩りに成功するわけではないので、それに適応した体になっています。常にお腹いっぱいにしておくと、胃に負担がかかって体調を壊してしまう。そこで一週間に一度、木曜日を絶食日にしている。
「絶食日でもいつもと同じ動きをしろ」と、先輩には言われますが。
チーターが運動場から獣舎に戻るのは餌があるからで。いつものように、バケツを手に入舎するのですが、獣舎に入ってきたチーターは、バケツに餌が入ってないとわかるのでしょう。チーターの多くはこちらをチラッとみると、もう一度運動場に出て行ってしまう。なかなか戻ってこない個体もいます。
こちらの動作がどこか普段と違うのか、あるいは絶食日を覚えているのか。チーターは餌がもらえないことを察するんです。そんな時は頭がいいなと感じますね。
チーターは兄弟仲がいい
各個体に感情移入はしませんが、それぞれのチーターの個性はある程度、把握しています。ネコみたいにゴロゴロと喉を鳴らす個体や、餌がほしい時にキャンキャンと甘えたような声で鳴くチーター。
中でも驚かされたのは、担当して1年目に生まれたキングチーターです。出産時のモニターの画像には5頭のうち、1頭だけ真っ黒い赤ちゃんがいる。母親がなめても真っ黒のままで、「本当になめているのかな」「大丈夫かな……」と。
「これ、キングチーターじゃないか」と、声をあげたのは係長でした。キングチーターは劣勢遺伝子の組み合わせで誕生するのですが、背中にタテジマがあって、左右の黒い点が他のチーターに比べて大きい。国内での誕生は多摩動物公園がはじめてでした。
現在までに多摩で生まれたキングチーターは全部で4頭。3頭は他の動物園に移されて、今はイブキというオスが飼育されている。このイブキが用心深い性格なんです。運動場から獣舎に戻る時になかなか入ろうとしない。野生で目立つキングチーターは、他と比べてより慎重なのでしょうか。
ライオンは兄弟同士でケンカをすることもありますが、兄弟仲がいいのもチーターの特徴です。メス同士を一緒にすると優劣ができて、発情しないと言われるので別々にしますが、オスの兄弟はずっと一緒です。用心深いキングチーターのイブキも、同時に生まれたシュレンと同部屋で生活し、運動場に放す時も2頭一緒です。
交尾の時も2頭が連携しているというか、富士サファリパークから来たオスの兄弟のナガトとムツもいつも一緒ですがある時、まず、メスの発情を感知したナガトが、盛んに鳴いてアピールした。そこでメスを運動場に出すと、今度はムツがうまくメスのシュパーブをエスコートし、交尾を済まして。こうしてシュパーブは17年2月に3頭の赤ちゃんを出産しました。
昨年はナガトとジュパーブの姉妹のデュラも、ペアリングに成功して18年10月31日にデュラは5頭の赤ちゃんを出産しました。群馬サファリパークから来たデュラは、性格も警戒心もこれまで飼育したメスの中では一番強かった。格子越しにバーンと跳びかかってくることもありました。そんなデュラが初産を経験して。
何が出てきたんだ!?1頭目を生んだ瞬間、オロオロするデュラの姿がモニターに映し出されていました。でもすぐに生まれたばかりの赤ちゃんをなめて、授乳をはじめていた。
誰に教えられたわけでもないのに、母親は子供を育てはじめる。こんなにすごいことはないなーと。
お転婆娘が母親になる瞬間を目にすることができるのも、飼育員ならではの醍醐味ですね。
動物園の赤ちゃん秘蔵ショットを公開!
多摩動物園ではアニメでも人気のサーバルの赤ちゃんを1月17日(木)より公開中!
誕生日 平成30年11月28日
撮影日 平成30年12月11日
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama