【動物園を100倍楽しむ方法】第7回 コアラの飼い方
動物が大好きだ、動物園の生き物について、いろんなことを知りたい。動物園の動物のトリビアを周り人に教えたい。日々、動物を飼育する動物園の飼育員さんのお話に、じっくり耳を傾けようというのがこの連載。動物園の動物のいろんな逸話を、飼育員さんに教えてもらおうというわけである。
今年開園60周年を迎えた東京都日野市に位置する多摩動物公園。上野動物園の約4倍という自然が残る敷地に、柵を使わない形で動物を展示している。
今回紹介するのはみんなが知っているコアラ。現在、多摩動物園コアラ館ではメスのニーナと、オスのコタロウの2頭が飼育されている。日本の動物園でコアラを展示・飼育するのは8カ所。その数は減る傾向にあるという。飼育員の永田典子さんはコアラを担当して5年。日々、コアラの体調に細心の注意を払い、繁殖に期待をしている。
有袋類は総じて変わっている
私が飼育員になったのは94年です。多摩動物公園を振り出しに、井の頭自然文化園で16年間飼育員として勤め、多摩動物公園に戻り、ターキン、シャモア、ワラビーを担当し、13年からコアラの飼育を受け持っています。
コアラは木にしがみつくため、爪が尖ってカギ状になっていて。コアラの体重を量る時は枝から離しますが、その際は長袖を着て皮手袋を装着します。枝から下ろそうとすると首を振って暴れ、噛みつくこともある。コアラはウサギと同じように上下に門歯があり、噛まれるとペンチでギュッと挟まれたような感じで、厚い皮手袋の上からでも腕に跡が残ります。
井の頭自然文化園でヤマドリを担当していた時は、「これはキジの仲間で日本の在来種で」とか話をしても、来園者はピンときませんでしたが、コアラはメジャーな動物なので説明しやすい。その点は楽なのですが。
コアラやカンガルー等の有袋類は、未熟な状態で生まれた子供が、育児嚢といってお母さんの袋の中に自力で入り、袋の中のおっぱいを飲んで育ちます。コアラの場合、6ヶ月間は袋の中で過ごす。
子育てのスタイルも異なりますが、例えばカンガルーは後ろに飛ぶことができないとか、有袋類は総じて変わっています。コアラはユーカリの葉っぱしか食べない。水分もユーカリから取っています。ですからユーカリ調達のために専門の担当者がいる。そんな動物はコアラだけで、この点も変わっています。
いったい何がイヤだというんだ!?
ユーカリの木は600種類ほどありますが、多摩動物公園ではメスで8種、オスで9種のユーカリを扱っています。その中でも目先が変わるように主食と副食とに分けて、日々ユーカリの種類ごとに、何グラム食べたかを記録して。そのデータをパソコンに入力し、どの種類のユーカリをどれくらい年間で食べたのか、データを出せるようにしていますが。
コアラはユーカリの匂いで選り好みします。本場、オーストラリアの大きなユーカリの木が生い茂る野生では、生涯一種類の木しか食べないコアラもいます。でもユーカリは寒さに弱く、日本で育つものは限られている。園内のハウスでも栽培していますが、ほとんどは都内近郊や千葉の農家さんに、委託栽培してもらっています。
コアラが好んで食べるのは、ユーカリの若い芽の上の方の葉っぱの先にある柔らかいとこころ。鮮度が落ちてカサカサした葉は食べません。週に3回、新鮮なユーカリが入荷するのですが、木の枝は成長します。今週はこの種類を食べても、翌週は葉が伸びすぎていて食べなかったり。同じ種類でも産地が違うと食べなかったり。夏はこの種類のここの枝の葉を食べますが、秋はこっちの種類のこの枝の葉が好きとか。また、私たち飼育員がこれはいいだろうと思うユーカリほど、食べなかったりすることもあって……。
「色も形もいいのに、いったい何がイヤだというんだ!?」と、つい言葉に出したくなる時もあります。委託栽培の費用や輸送費等、コアラの餌は飛び抜けて経費がかかっています。
何を考えているのか、飼育員もわからない
コアラ館を訪ねた方は、コアラは寝てばかりいてなかなか動かない。何を考えているのだろうと思われるようですが、実は私たちも似たような思いを抱いています。ユーカリは脂分が多く、繊維も多い。毒素もあるのでそれを分解しなければならない。そもそもユーカリは栄養素が少ない。そんな理由でコアラは省エネをしないと生きていけない動物で、1日平均で19〜20時間は寝ています。
餌のユーカリは1日に一回与えます。他の動物は餌に向かってワッときますが、コアラはそうでもない。動いてくれないので足が痛いのか、あるいは体調が悪いのか。他の動物では当たり前に観察できることが、コアラの場合、そうはいきません。
コアラの寿命は長くて20年ぐらいですが、10年ぐらいで何らかのアクシデントを起こし、死んでいく個体が多いのです。大体のコアラはレトロウイルスというのを保有しています。体調が悪かったり、強いストレスを感じた時にそのウイルスが引き金となって、何らかの病気を発症し死に至るケースが多い。急に食べなくなって木につかまれなくなり、床にうずくまる。発病してから死ぬまでが早い。
最初にコアラの死に遭遇したのは、担当になった年の夏でした。パピーという2才のメスで、ミライという個体の子供でした。パピーは自力ではあまり餌を食べず、ハンドフィーディングといって、飼育員がユーカリの食べやすい柔らかい葉っぱを見せてやり、できるだけ食べさせるようにはしていました。パピーは飼育員のあとをトコトコとついてくるようなコアラで、愛嬌がありました。ちょっと鼻水を垂らしていたのが気にいなりましたが、前日まで元気に動いていた。ところが朝、出勤してみると床にうずくまっていて……。
まさか一番若いコアラが死ぬとは思いませんでした。解剖して組織検査までしたのですが、死因ははっきりとはわからなかった。おそらくレトロウイルスが起因しているのではないか。
パピーが死んでも、私は泣きませんでした。コアラの場合、急変して死ぬのはどうしようもありません。泣く前にどうしたら、コアラの免疫力を高めることができるか。そして繁殖を成功させるためには、どうしたらいいのかを考えなくては。
コアラの“死”と“誕生”に、全力を挙げて取り組む飼育員、永田さんの奮闘ぶりの続きは後編で詳しく。
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取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama