【動物園を100倍楽しむ方法】第六回 レッサーパンダの飼い方 前編
動物が大好きだ。動物園の生き物について、いろんなことを知りたい。動物園の動物のトリビアを周り人に教えたい。それなら動物園の飼育員さんに、動物のことを教えてもらおうというのがこの連載。私たちが知らない動物園の動物のいろんな逸話を紹介しよう。
今年開園60周年を迎えた東京都日野市に位置する多摩動物公園。上野動物園の約4倍という自然が残る敷地に、できるだけ柵を使わない形で動物を展示する。今回紹介するのはレッサーパンダである。
レッサーパンダは中国四川省西部、ネパール、ブータン、ミャンマーの標高1500〜4800mの森林や竹林に生息。
体長は60cmほど。成獣の体重は約6kg。全身は長く柔らかい体毛で被われている。パンダの名称はネパール語で「竹を食べる者」という意味。後にジャイアントパンダが発見され、「小さい方」という意味で、「レッサー」と呼ばれるようになった。
学生時代、多摩動物公園の飼育実習で、動物の魅力を実感した飼育員の高津磨子さん。上野動物園ではキリンやフラミンゴ、レッサーパンダ等を担当。多摩動物公園に異動になり、レッサーパンダの本担当を5年以上、務めている。
レッサーパンダの立ち上がりは日常茶飯事
現在、多摩動物公園で飼育されているレッサーパンダは10頭。成獣8頭、幼獣2頭です。朝「おはよう」と声をかけると、餌やフンの様子を見て体調をチェックし、餌の準備をします。主食は竹ですがペレットも与えますし、リンゴは大好物です。
単独生活をする動物で成獣は寝室一室に1頭。3つある運動場も午前と午後とで入れ替え、運動場にいるのは基本的に1頭にして。1月〜3月の繁殖期には、カップリングしたいオスとメスの様子を見ながら一緒に運動場に出します。
野生ではユキヒョウ等の大型動物に捕食される側なので、高地の竹林等に隠れるように棲んでいる。警戒心の強い動物ですが、動物園のレッサーパンダは、ほとんど動物園で生まれ育った個体です。人間は害がない生き物だとわかっていますから、人に対して攻撃的になることはほとんどありません。
トラやライオンやゾウとか、動物園には檻越しの飼育が、義務付けられている動物が数多い。でも、レッサーパンダは一緒の空間に入って飼育ができます。動物園の展示動物の中では飼いやすい種類ですね。リンゴが大好物で毎日与えますが、手渡しすることもあります。例えば体重計の上でリンゴを手渡して計量をしたり。
千葉県の動物園で、立ち上がるレッサーパンダの風太くんが話題になりましたが、レッサーパンダは身体の構造的に立ちやすい動物なのです。「ほれ」と私が手に持ったリンゴを上にあげると、スッと立ち上がる。何か気になることがあると、2本足になる個体は多摩動物公園にもけっこういます。
体重を計る時などに、体調を確認するため、体を触ることもあります。でもだからといって、レッサーパンダが人に体をすり寄せ、甘える仕草をすることはありませんし、私も「いい子だねぇ」とか、頭を撫ぜ撫ぜすることもありません。
レッサーパンダは職場の同僚
人に危害を加えることがないレッサーパンダですが、爪や歯は鋭いし、いざとなったらけっこうすごい。上野動物園の頃、背中に原因不明のハゲができたレッサーパンダがいて。状態を改善するためシャンプーをすることになった。ところがシャンプーの途中で、麻酔が覚めてしまって。
ギャー!!
レッサーパンダがこれまでに聞いたことがない叫び声をあげ、パニックになった。獣医さんが個体をサッとつかみ、麻酔を追加してことなきを得たのですが、あの時は野生の本質を見たというか。
野生動物ですから身の危険を感じると本気を出す。何より自分の自由が利かなくなることが怖いんです。体調の確認で体を触ることはできても、抱っこしようものなら猛烈に暴れるに違いありません。
見た目は可愛いレッサーパンダですが、私が家で飼っている、モモタロウというペットのウサギとはまったく違う。「あーいい子だね、ほんとに可愛いねぇ」と、モモタロウは毎日ハグハグしますが、レッサーパンダにそんな思いを持つことはありません。
彼らは私が持っている餌が欲しいわけで、私になついているのではないのです。彼らは野生では人間と接することなく暮らしている。人のいない世界が当たり前の野生動物に、人間が介在していいことはない。
強いて言えば担当しているレッサーパンダは、私にとって職場の同僚みたいな対等な感覚といいますか。
同僚にもいろんな人がいるように、レッサーパンダも個体によって違います。10才のメスのララは神経質な個体で。運動場ではほとんど木の上にいますが、ララは運動神経がいいので、狭いところが嫌なのかもしれませんね。年とともに経験を積み、だいぶ丸くなった感じはしますが、ララは餌の竹の交換の時のバサバサという音に驚き、パッと天井に上がってしまうこともあります。
今年7月に3度目の出産終えたアズキは、不思議なレッサーパンダです。何を考えているのかよくわからない。出産を控えたメスの寝室には、母親と赤ちゃんが1ヶ月ほどこもりきりになる巣箱を用意します。普段はおとなしいアズキですが、今回の出産は何が気に入らないのか、巣箱の中で大暴れして巣箱の天井を何度も壊してしまって。巣箱内を映すモニターカメラのコードも噛み切ってしまい、赤ちゃんの様子の観察ができなくなってしまった。
評判のいいフランケン
そんなアズキの子で、16年6月に生まれたメスの「かのこ」は、ララ以上に神経質です。生まれた時から私を見て育ったのに、未だに距離を置いている。他の個体は私を見ると、リンゴをくれるのかと寄ってくるのに、かのこは私から奪い取るようにリンゴを手にすると、離れたところで食べています。リンゴを手に持ってかのこに近づくと、あわてて天井まで上がってしまうこともある。
かのこもアズキの今年の子も、父親はフランケンといいます。フランケンは人にも、メスに対してもおおらかで、攻撃的なところが一切ない、評判のいい個体です。
アズキの出産の1ヶ月前の6月に初産のタオファがメスの赤ちゃんを産んだのですが、その父親もフランケンです。繁殖期は1〜3月で、最初に網越しにお見合いをさせる。相性が良ければお互いにキキキ〜と、可愛い声で鳴き合って。レッサーパンダは1歳半ほどで繁殖できるようになります。
今年の2月、タオファとフランケンを運動場に一緒に出したのですが、タオファは初めてのカップリングで、準備ができてなかったのでしょう。フランケンを追い回してしまった。フランケンの方はタオファを攻撃することなく、「どうしたんだ……」と、遠くから見守る感じでした。
すぐに2頭を分け、タオファの発情が来るまで待とうと思いまして。翌日は休みだったのですが、代番の飼育員さんがタオファの様子を見て一緒にしてみようと判断をした。
「昨日、タオファとフランケン、並んで木の上で寝てたよ」出勤した私は、代番さんからそう告げられました。
タオファが多摩動物公園にやってきたのは、出産の1年ほど前だった。福島の東北サファリパークから来た当初は暗い目で、人を攻撃するレッサーパンダだったという。タオファには秘められた事情があった。その事情とは何か。そして飼育員として、反省させられたエピソードについては、後編で詳しく。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama