急速に加速するIT・AI。そこに金脈を見出した起業家がいる。彼らは金脈を掘り進むようにベンチャー企業を成長させるが、掘り当てたものは近い将来、私たちの生活を大きく変える可能性を秘めている。IT・AIの“金脈掘削人”に、掘り当てた“お宝”はいったい何か。それが近未来の私たちの生活をどう変えるのかを訊く。
第2回目は株式会社Payke(ペイク)。代表取締役CEOは古田奎輔。近年増加する日本を訪れる外国人旅行者たち。政府観光局は2020年には4000万人の訪日外国人観光客を目標にする。インバウンドの購買力の取り込みは、日本企業にとって重要な課題だが、問題となるのは商品の説明の言葉だ。
Paykeのアプリをインストールしたスマホで、商品のバーコードをスキャンすれば、母国語でメーカーが事前に編集した商品の成分や容量、効果、使い方等が画面に表示される。現在、Paykeが対応する言語は日本語、中国語、英語、韓国語、ベトナム語等、7言語。登録メーカーは約1200社、商品は約30万アイテムに及ぶ。このシステムを考案し、起業した古田奎輔は弱冠26才だ。Paykeの従業員数は現在約40名。昨年、夏には10億円の資金を調達した。
起業の芽は沖縄にあった
「そもそも僕は飽きっぽい性格なんです」と、自認する古田。都内の高校を高2で中退。部屋に引きこもりネットゲーム三昧。好きなバイクも乗り回していたが、親との約束を守り大検に合格。さてどこに行くか。飛行機に乗って遠いところに行きたい。沖縄は楽しそうだと19才の時に琉球大に進学した。
「沖縄は僕とって最高でした。受け入れてくれているのかはわかりませんが、よそ者でも堂々としていられるところがあって。モノレールの隣り合わせた人のお菓子を『それ一個くれない』と言えたりする。いい意味で人と人との距離感があり、人の目を気にせず好き放題できる雰囲気がありました」
親は勤め人で潤沢な仕送りはない。アルバイトをするにも、当時の沖縄は時給が650円程度。古田は自分で稼ぐことを考えた。周りには中国人の留学生がたくさんいた。中国のECサイトと日本のそれを見比べると、同じものなのに値段は中国の方がはるかに安い。
安い物を買い高く売るのは商売の基本だ。アパレル、リュック、電子小物等々、中国のECサイトで仕入れ、日本のサイトで販売すると、月に20〜30万円になった。そんな古田は目立つ存在で、やがて沖縄の特産品を中国に輸出する40代の貿易会社の社長と知り合う。
オンライン販売の話もあったが、ネットのショップは、例えば売れ筋商品を10万円で買い13万円で売ってその繰り返しだ。それよりもコンテナに沖縄の特産品を詰め、中国に輸出する貿易の商売の方が面白い。古田は貿易会社の社長と、アライアンスを組んで貿易業に首を突っ込む。
ちょっと待て、国内に多数の外国人が――
「沖縄の特産品を輸出しても、その商品の伝統や文化や食べ方を知らないと売れない」そう考えたのは、彼が事業欲に芽生えてきた証なのか。「県産品のプロモーション事業ですから」と、県庁の商業物流関係の窓口に企画書を持ち込み、約300万円の補助金をゲット。その資金で中国のメディアクルーを沖縄に招へい。泡盛の酒蔵等を取材し、15分の沖縄の特産品を紹介する番組を作り、中国で放映され反響もあった。
だが、テレビ番組を放映しても、沖縄の特産品はそうは売れない。
「特産品の貿易は限界があります。競合他社もたくさんあるし、1ヶ月かけてお客さんを探して、コンテナをいっぱいにして発送するという。こんな商売じゃビッグにはなれない。100億、1000億円は稼げない」
ちょっと待ってくれ。沖縄のものを向こうに輸出しているが、那覇の繁華街の国際通りを歩くと、あっちからもこっちからも中国語が聞こえてくるではないか。沖縄に観光で来る中国人はいっぱいいる。この人たちに、もっと特産品を買ってもらえるようにするほうが簡単なのではないか。
——そのために?
「バーコードを使う」
——その発想はどこから浮かんだんですか。
「発想も何もありません。貿易で商品を取り扱っていましたから、バーコードは馴染みがありました。商品と一緒に移動するバーコードに埋め込まれた数字を、利用することはできないか、ごく当然のように思いついたんです」
アプリを通し、バーコードと商品情報をヒモ付ける
3才年上の比嘉良寛とは、時々通っていた大学の講義のグループワークで知り合った。面倒見がよく真面目で熱血漢だが慎重な性格で、見た目は身体がでかい。比嘉は古田と真逆な人間だったが、馬が合った。比嘉が卒業して沖縄銀行に就職したある日、古田は国際通りの裏路地の居酒屋で、比嘉と話し込んだ。
「比嘉さん、銀行楽しいの?」「でかいから、電球の交換とかやらされているでしょう」「60才まで銀行員やって頭取になったとしても、年収はせいぜい1000万円ぐらい、それでいいの?」「一緒にもっと楽しいことをやろうよ」
古田は事業の構想を語りだす。
沖縄に来る中国人は「紅いもタルト」も、「ちんすこう」も「泡盛」も、よくわからない。でも例えば、「ちんすこう」は琉球王朝時代、沖縄にたくさん来た中国人の貴族への貢ぎ物として用いられた。そんなストーリーを知ったら外国人は「ちんすこう」を手に取る。
特産品だけではない。ドラッグストアやデパート等々、店頭に並んだものすべてに、観光客の母国語でその商品のストーリーやその価値を伝えることができれば、インバインドの購買意欲を促すことに繋がる。
そのためにバーコードを使う。商品のバーコードに埋め込まれた13桁の数字は、在庫の管理や価格表示に使われているのみだ。ITを使いバーコードと商品情報をヒモ付け、スマホでバーコードをスキャンすれば、その商品の情報や価値が、訪日外国人の母国語で画面に表示される、そんなアプリはどうだろうか。画像を使ってもいいし、動画で紹介もできる。クチコミ情報でも、商品の表示の仕方は自由自在だ。
このアプリはいろんな言語の翻訳に対応する。日本人がベトナムに行って、ベトナム語で書かれた商品を手に取り、バーコードにスマホをかざせば、日本語で詳細な情報が得られる。ベトナム人が韓国を旅行しても同じ形で使える。
そんなアプリを完成させて、一緒に起業しようじゃないか。
「面白いね」
古田の話をじっくりと聞いた比嘉良寛は、笑顔を古田に向けた。
以下、後半へ。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama