あなたの知らない若手社員のホンネ~カタログハウス/市川健さん(27才、入社3年目)~
中間管理職も知っておきたい若手社員のモチベーション。20代の読者も同世代の働きぶりは興味のあるに違いない。バラエティーに富んだ職種を紹介してきたこの企画、今回は「通販生活」を発行するカタログハウスだ。
シリーズ34回は株式会社カタログハウス 通販生活編集部 ライター 市川健さん(27)入社3年目である。
通販生活はカタログハウス創業者、斎藤駿氏(82)によって、1982年に創刊された通信販売のカタログ誌だ。同誌で紹介されているのは電化製品、日用品、衣料品、食料品等々、身近に売られていない、優れた商品を推薦することが基本方針である。環境問題もテーマにしており、大量生産、大量消費と相反する環境への負荷が少ない商品を取り扱っている。
また、反原発、憲法9条の固持、反基地、子どもの貧困問題等、政治的、社会的問題も通販生活には数多く含まれている。
“知”と“情”がポイント
通販生活は“キンさんギンさん”のテレビCMが印象的でした。両親が通販生活の愛読者で、僕が高校生の時に母親が通販生活の取材を受け、読者の使用感を紹介するインタビューのコーナーに、掲載されたことがありました。
大学院に進みアメリカ文学を専攻して。大学院で就活を始めた時にカタログハウスの募集があり、馴染みのあった会社なので受験をしました。
「商品に愛着を持ってもらうことで、大量生産、大量消費へのアンチテーゼを発信する媒体に魅かれます」提出したそんな内容のレポートが評価されたのか。面接は創業者の斉藤駿相談役だったのですが、話をするうちにその場で「入ってもらおう」となったのです。
月、火、金は出社する82才の斉藤相談役は、通販生活の編集部のフロアにデスクがあり、よくみんなを集めて意見交換をする、僕らにとっては近い存在です。「“知”と“情”のバランス」これは入社当時から、相談役によく言われることで。
例えば、遠赤ヒーター。“ひなたぼっこの快適さ”と、火を使わずパネルを温めて遠赤外線を飛ばすので、子どもが走り回って触れても大丈夫という安心・安全が売りの商品です。
メーカーの説明は“知”が先行しがちで、「業務用も家庭用の本品も発熱面は同じで、200〜220℃でパネルのアルミ合金を暖めるから、人体に馴染みやすい7〜10ミクロンの遠赤外線が出せる」とか。担当者の説明を聞いて僕もすごいと感じた。数値的なものを含め、商品の説明をしっかりすれば、読者の共感が得られると思い、誌面作りに取り掛かったんです。
ところが、
「市川くん、それじゃ誰もわからない。高齢の方は読まないだろう」と、相談役に言われまして。通販生活のメインの読者は60〜70代の女性です。
「読者の立場になりなさい」それもよく言われることです。その世代の人たちは、機能性等の“知”を意外と意識していない。情緒的な“情”にポイントの目を向けています。そこで相談役が中心になり、作った誌面のタイトルは、『体が芯からホカホカ暖まる“ひなたぼっこ”の快適さを室内に再現してくれます。』
縁側で二匹の猫がひなたぼっこしている写真を大きく掲載して、遠赤ヒーターを背景におじいちゃんと孫が笑顔でくつろぐ風景。80代の女性ユーザーが、笑顔でヒーターに右手をかざしているシーン。“情”を全面的に押し出したページ構成にしました。
商品情報や機能のテスト結果等の“知”は、誌面のスペースを小さくして。10分後にここまで暖まるという、メーカーが暖かさを色で表したサーモグラフィのテスト結果を掲載し、視覚的にわかりやすくしました。
その結果、この号は遠赤ヒーターが売れました。“情”で構成した記事が、読者の共感を持たれたのでしょう。
「記事としては面白かったが……」
通販生活では、一つの商品を1〜2ページでじっくりと紹介します。一冊につき60ほどのアイテムが登場しますが、新商品より売れ筋商品の紹介が多い。遠赤ヒーターもその一つで、次の号では切り口を少し変えてみよう。おばあちゃんとお孫さんの間の小さな子供がいるお母さんに、アピールする記事は作れないかと。
「遠赤ヒーターの開発の話は面白いですよ」
「なるほど、開発秘話か……」開発秘話は一般誌でも、興味を抱くところでしょう。
記事はまず、遠赤ヒーターの開発者に登場してもらい、わかりやすく開発の秘話を語ってもらって。後半で実際に使っている30代の主婦のコメントを紹介。ひなたぼっこをする猫と、ヒーターを背景に主婦と子供たちが、くつろぐ写真を掲載して。開発秘話は“情”も絡んだ“知”のエピソードです。記事の後半は“情”を意識してまとめました。
ところが蓋を開けてみると、遠赤ヒーターの売上げは芳しくなかった。
「記事としては面白かったが、商品を買うとなるとターゲットが違っていたのかな」
「60〜70代の読者は、開発秘話に興味がなかったんだろう」等、反省会では意見が尽きませんでした。記事に対する“知”と“情”のバランス、一つの商品への読者の興味の抱き方に、いかに刺さるか、毎回考えさせられます。
通販生活の編集作業を通して、誠意を伝える難しさも実感しました。本誌では毎回、ユーザーの使用感のインタビュー記事を掲載していますが、アポ取りと言って、この企画の取材の承諾をいただくのが難しい。
商品を購入された方のアンケートハガキは、データベース化されていますから、そこからピックアップする形で、アポ取りの電話をします。しかし、「プロのカメラマンと僕とでお宅にお伺いし、取材をさせていただけませんか」と、お願いしても7〜8割の方が「それは困ります、嫌です」と。
発行部数が100万部を超える通販生活に、自分が実名で載ることには、やはり抵抗があるのでしょう。ある時、中腰の姿勢で座りやすく、手すりが付いていて立ちやすい、キャスパーチェアという商品の記事を書くために取材をすることになって。
僕の目に止まったのは、70代の女性のアンケートのハガキでした。この方は腰に持病があって、床に座るのがきつい、いろんな椅子を試してみたがダメだった。ところがこの椅子にしたら、テレビを何時間見ても腰が痛くならないし、立つ時も楽だと。
早速、岡山市在住のこの方にアポ取りの電話を入れたのですが、案の定「取材は困ります」と、断られまして…。
でもいいお話だ。この方を誌面で紹介できれば、多くの読者の共感を得られるに違いない。是非とも登場していただきたい。
取材の協力を得るためには、まず僕という人間を信用してもらわなければなりません。そのためには、いったいどうしたらいいのかーー。
自分を取材対象者に信用してもらうために、市川さんは誠意を示すある方法を考えつく。今やその方法は通販生活編集部内での常套手段となりつつあるのだが、どんな方法なのだろうか。その詳細は後編で。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama