あなたの知らない若手社員のホンネ~ネスレ日本/荻原裕子さん(27才、入社3年目)~
中間管理職が知っておくべき若手社員のモチベーション。もちろん20代の読者も同世代の働きぶりには興味のあるところに違いない。今回は料理の試作品に携わる女性の話である。
シリーズ33回はネスレ日本株式会社 食品事業部 フードスペシャリスト 荻原裕子さん(27)入社3年目。ネスカフェだけではない。スイスに本社を置くネスレはミネラルウォーター、ベビーフード、乳製品、アイスクリーム等々の製品を取り扱う世界最大の食品・飲料メーカー。コンソメスープのマギーもこの会社の製品である。彼女の部署は業務用のマギーのコンソメをはじめ、ココナッツミルクパウダー等の売上げを伸ばすため、レストラン、ホテル、カフェ等に自社製品を使用した料理を提案することを業務にしている。この部署で彼女はこれまでにないマギーブイヨンを使った新作を提案。周囲をうならせるのであるが――。
“きっちりと”シェフと相通じるマインド
大学では食物学科を専攻して、研究室では牛肉の研究をしました。銘柄牛を食べ比べて、五味の検査や官能評価をして。安価な牛肉の牧草の臭いや、ツンとした乳牛の臭いがわかるようになりました。味には敏感なところがあります。
新卒で中堅の乳業メーカーに入社し、フルーツミックスジュースや、プリンを開発しました。でも、乳業メーカーでは濃縮の液体やフルーツの粉末を混ぜ合わせることが、主な商品開発の仕事で。私は食材を使い、自分の手で料理を作る仕事に携わりたかったのです。ネスレといえばコーヒーというイメージですが、中途の求人サイトには『マギーを使ったメニュー開発』とありました。
面接では営業部と一緒に仕事するコックコート姿のシェフが同席されて、アーモンドを使った冷菓の「ブラマンジェ」や、フライパンを使う「ポアレ」について聞かれまして。ある程度、高級なレストランで提供する料理を作っているんだなという印象を抱きました。
中途で採用された私が配属されたのは、マギーのコンソメをはじめとする、業務用食材を扱う部署です。レストランやホテル、カフェのシェフにより多く、ネスレ製品の調味料を使ってもらえるよう、メニューを開発するのが仕事です。
私はアドバイザリーシェフの生幡和広さんのアシスタントが仕事です。また、数多く開催される、食品問屋主催の展示会に来場する、レストランやホテル、カフェのシェフに出す試食を作るのも私の仕事で。例えば、ネスレ製品と牛乳を合わせて加熱し、冷やして固めて作るクリームブリュレを、試食用の小さな器に1000個作ったり。ココナッツミルクを試食用に15Lぐらい作り、トウモロコシや小麦、大麦、米等を薄い破片にしたシリアルにかける試食を用意したりもします。
生幡シェフに注意されたことといえば配属されて間がない頃、試食を作った後の片付けがあるのに朝ギリギリに出社して、「ちゃんと片付けをすませるように」と、指摘されたことぐらいで。私は二度と同じ過ちをしないほうです。特に料理についてはきっちりとやりたい。そこは生幡シェフと、相通じる思いを抱いていると感じています。
例えば最近、売り出し中のココナッツミルクパウダーを溶かす工程でのことです。「荻原さん、これ溶かすときにダマになるよ」と、営業から言われる。でもキッチンで作ると決してダマはできない。営業の人に聞くと調理器具を揃えていなかったとか、分量通りに作っていなかったとか。加熱が足りなかったりとか。
「大雑把に作らないでほしいんです。こうすれば失敗することはありません。美味しいものを試食してもらわないと、売れるものも売れませんから」強い言葉を口にすることがない私でも、こういうときははっきりと意思を伝えます。
「自分の舌は大切にしたほうがいい」
インターコンチネンタルホテル東京ベイの宴会調理シェフを担っていた生幡さんは、レベルの高い料理の腕を持ったシェフで。大切なお客さんは社に招き、社内のキッチンで、ネスレの製品を使い、手の込んだフルコースの料理を味わっていただくことがあります。
家庭料理では野菜の切れ端がもったいないから使おうとかしますが、プレゼン用に出す料理は見た目のきれいさも大事と、食材は四角に切ったら端っこは捨てる。出来上がりの美味しさはもちろんですが、例えばエビの尻尾の細かいところもきれいに切って。鶏肉なら油、血あい、軟骨もきれいに取り除く。
脂を入れたくないスープなら、下茹でして脂分を取り除いて。生幡シェフは下処理の仕方が違います。お客さんが熱いものを食べる時は、何気に部屋の温度を下げていたり。
「クリームブリュレを作る時は粉と牛乳を加熱して冷ます。ダマが残らないように、一回、網で漉す」「アレンジで抹茶や黒ゴマペーストを混ぜ込む時、特に黒ゴマは温めた牛乳を入れないと分離する」等々。レシピにも載っていないようなことを、シェフには数多く教わりました。
中でも、「荻原さん、自分の舌は大切にしたほうがいい」という言葉は印象に残っています。
私はシェフほどの腕はありませんが、味の良し悪しはわかるつもりです。手の込んだ本格的な料理とは別に、ファミレス等に提案する料理は簡単なオペレーションが要求される。そんな時は私が意見できることが多いのかなと。新しいメニューを提案する時は、社内のキッチンで作りシェフと試食し、意見を出し合います。
例えば、タンドリーチキンパウダーという商品があります。鶏肉や魚にまぶして焼くのが基本ですが、他の簡単に作る方法を考案することになりました。私は以前、自宅で作ったシーズニングパウダーに、ひき肉を混ぜた料理が美味しかったのを思い出して、タンドリーチキンパウダーも食材にまぶすだけではなく、ひき肉を混ぜ合わせて練り込んでもおいしんじゃないかと。
社内のキッチンで試作したものはエスニック風になりました。試食したシェフから「パセリを入れたほうがいいよ」と、アドバイスをもらいまして。完成した新メニューは、写真入りでアレンジメニュー集に載り、営業がお客さんに配る資料になりました。
生幡シェフのアシスタントをする一方で、私は営業の仕事にも携わっていました。レストラン等にコーヒーマシンを売り込みながら、マギーの製品もセールスをする。私はお客さんと饒舌に会話を交わし、営業する形は不得意ですから(笑)、着実にしっかり売れ筋は何かを考えていくことに集中していこうと。
マギーのコンソメは主力商品ですが、コンソメといえばスープ、スープは温かいものですから夏は売上げが落ち込む。すでに外食業界にはコンソメの冷製スープや、ゼリー状に冷たくしたコンソメのジュレはあります。夏の売り上げに貢献できるような、さらに涼を感じられるコンソメの料理を、お客さんに提案することはできないだろうか。そんな思いは常にありました。
その荻原さんの思いが、やがて周囲をアッと驚かせる“氷のコンソメ”に繋がっていくのだが、その物語は後半で。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama