第8回、美ら海水族館での顛末と、一種一級の身障者、森下さんのトイレのやり方、その1

11月13日

12日月曜日の朝、千羽鶴の寄贈をお願いした糸満市の「忠霊之碑」の前の小学校の校長から、私の携帯に電話があり、自分の家も近いし、碑とゆかりのある方も知っている、千羽鶴を受け取っていい旨の連絡が入った。私はこの連載ブログの5回目で記述した顛末をかい摘んで伝え、丁重に辞退させていただいた。学校は米須小学校という。結果的に小学校の対応も、こちらの意思をなんとか汲み取ろうとする真摯なものだった。本当にありがたい。

「施設のみんなに託された千羽鶴を思うところに贈れて、ホッとしました」森下さんは何度も口にした。

12日は沖縄を旅行した人が訪れる定番の観光地、「沖縄美ら海水族館」を訪ねた。名護市内から車で約50分、館内はごった返すほどの人で中国語、韓国語が飛び交っている。人がいるところなら誰かの目がある。ケガをするような事態に陥ることは考えにくい。「車イス 旅行中 単独」と書かれた布を車椅子の後ろに掲げている。車椅子を押すという申し出を「ありがとうございます、すみません、いいです」と断る。彼が頼むのは自分でできないことだけ。彼はそんな旅行を30回近く重ねている。

私は彼の付添人ではないし、基本的には傍観者で友達である。「やれるけど時間がかかる」彼のそれと、私はどう折り合いをつけていくか。

「森下さん、入り口で待ち合わせよう、ゆっくり見てね」

彼もその方がいいのだ。重度心身障害者施設から外に出たら、なるだけ多くの人と触れ合いたい。それが彼の旅行大きな目的である。東洋一と言われる大きな窓から巨大水槽を泳ぐジンベイザメを見上げる、私は1時間半ほどかけてゆっくり見学した。巨大水槽の先のベンチで彼を待つ。30分以上待ったが現れない。順路を人かき分けるようにして引き返す。彼の姿は見当たらない。心配になった。そばのスタッフに相談し問い合わせてもらう。「30分ほど前に入り口から出て行かれたそうです」私は歩調を早め入り口に向かった。「向こうのトイレに入って30分ぐらい経ちます」「森下さん」身体障害者用トイレをノックする。「はい」声が聞こえた。

なんだ、大便か、今日はホテルで朝、済ませてきたと言っていたのに。

小便の時は一般のトイレで立ち便器を使う。彼が障害者用トイレにこもるのは大便の時だ。大便に取り掛かると1時間近くは時間を要するのは、この旅行で経験済みだ。

今日はもう一ヶ所行こうと計画していたが仕方がないな。かくなる上は水族館をもっと堪能しよう、私はそう決めて展示物をもう一度見直し、上映されている美ら海や黒潮の海を解説した映像を2本見た。と、携帯に森下さんの宿泊するホテルからの電話が入っていることに気づく。折り返すと美ら海のスタッフから出口で森下さんがずっと待っている旨の電話が入ったという。出口に急いだ。出口を出た先の隅に車椅子の森下さんがいた。

彼が言うことを要約すると顛末は以下の通りだ。

ものすごい人で展示の順路を20mほど進むのに、20分ほどかかった。そのうちに小便がしたくなった。「すみません」と近くの男性にトイレの場所を聞いた。入り口近くにあるという。彼は入り口に戻った。ちなみに戻りのスロープは緩やかな下りの傾斜。下り傾斜を行く時は車椅子を後ろ向きにして唯一、多少自由が利く左足で蹴るようにして進む。

たどり着いた場所には女性トイレしかない。実は奥に男性トイレもあったのだが、標識が見にくかったのだ。「すみません、男のトイレはありませんか」近く女性スタッフ二人に聞いたが、ニコニコしているばかりで話が通じない。言語障害のある彼の言葉は、聞く気になって集中しないと何を言っているのかわからない。彼が訴えても、関わらずにいようと思う人が多いのも現実だ。また、そのスタッフが美ら海水族館の関係者かどうかも定かではない。

身障者の異変に気付き男性スタッフが近寄る。「トイレに行きたい」その言葉に、別の男性スタッフが車椅子を押し「障害者用トイレ」に彼を入れてしまった。「違う、立ち便器のある男子便所です」彼は訴えたが、スタッフは聞く耳を持たなかったそうである。

「健常者の人は、障害者は障害者用トイレと思い込んでいる。障害者だって人それぞれ違う」森下さんは言った。結局トライしたがダメで、障害者トイレの中から、「立ち便所でしたいんです。だれか男便所に連れて行ってください」と声を絞って訴え続けること30分ほど。その間、私も身障者トイレをノックし森下さんの「はい」という声を聞いたが、てっきり大便と思いその場を離れ、彼の訴えを耳にする機会を逸していた。結局、別のスタッフが異変に気付き、彼を障害者用トイレから出して、男子トイレに連れて行き、ことなきを得た。

 

「小便と大便、それと自分で食事をすること。この3つができなかったら、旅はしない」それは彼のポリシーでもある。では、男子トイレの立ち便器しか、小便ができないという彼は、どのようにして用を足すのか。そこには彼の工夫があった。

「障害者は使えるところを全部使う」彼の考えだ。森下さんは左手の指の機能と手首の機能が半分程度、使える。右手は指が動かせる程度。両手や肘はまったく使えない。左足のみ膝を動かせる自由度があり、右足は踏ん張ることができる。

まず、車椅子に乗った彼は立ち便器に向かい合う。立ち便器の左の隅を左手握り、全身の力を込めて左足を使い立ち上がる。右足の膝は使えないが身体を支えることはできる。わずかに動く右手で便器の右隅に指を当てつかむ。これで立ち便器の前に立つことができる。次に社会の窓を開いて、チンチンを出さなければならない。

「これが苦労したんです」頼りになるのは不自由ながらも使える左手だ。立って左指がチャックに届く練習を重ねた。しかしチャックのフックは小さ過ぎて指で掴んで下す能力が彼にはない。さて、チャックを下すにはどうするか。

「キーホルダーに付いている頭の輪っか。これに気づいたことが大きかったんです」

ズボンのチャックの頭には、キーホルダーの輪っかが入るほどの穴が空いている。そこに輪っかを装着すると、左手人差し指を入れることができるのだ。輪っかの中に入れた人差し指を下に引っ張れば、チャックが開く。チャックが開けばチンチンの出し入れができる。用を足したらチャックを引き上げ、輪っかから人差指を外す。全てが終わると、後ろに体重を預け、車椅子にどっと着席する。以上、かなりの重労働に匹敵する。

では大便の時はどうするのか……?