【前編】入社3年目社員のホンネ「イルカショーのMCデビューまでは失敗の連続でした」八景島シーパラダイス・吉川あかりさん

■あなたの知らない若手社員のホンネ~横浜・八景島シーパラダイス/吉川あかりさん(24才、入社3年目)~

バラエティーに富んだ職種の若手社員のモチベーションを紹介してきたこの企画。今回は八景島シーパラダイスのイルカの飼育員である。若手社員への理解は中間管理職には必須。若手読者も同世代のイルカのトレーナーの仕事には、興味を抱くに違いない。

シリーズ第39回は横浜・八景島シーパラダイス イルカトレーナー 吉川あかりさん(24)入社3年目だ。

吉川さんの仕事はイルカの飼育だけでなく、日に4〜7回、年間を通して行われる30分間の「海の動物たちのショー」に出演。イルカたちとウエットスーツ姿でショープールを泳ぎ回り、ショーのMCもこなしている。イルカや、アシカ、セイウチ、シロイルカに演技を教えるのも、彼女の仕事である。

飼育員になって半年、アシカに足を噛まれる

小さい頃、鴨川シーワールドに連れて行ってもらった時に、動物と触れ合うイベントに参加して、イルカって可愛いなと思いました。幼稚園の卒業アルバムに「将来の夢はイルカの調教師」と書いているんです。就活の時に八景島の水族館に飼育職の募集がありまして。高校でシンクロナイズドスイミングをやっていましたから、水には慣れていましたし、私は元気そうだし体力的にも問題なしと。採用されたのはそんな点が評価されたのかもしれません。

イルカに触れたのは幼稚園時以来ですが、ツルツルして弾力があって、例えるならナスの表面みたいでした。ショーの会場のアクアスタジアムに隣接するプールで飼育されているのはカマイルカ7頭、バンドウイルカ6頭、オキゴンドウ2頭、シロイルカ2頭、セイウチ2頭、アシカ4頭。憧れの飼育員の仕事はまずサバ、アジ、サンマ、イカ、ホッケ等、冷凍のエサを海水で溶かす作業からはじまり、個体ごとにカロリー計算をしてバケツに分け、給餌をします。

イルカに合図をすると、お腹を見せてくれるので傷がないかを確認し、肛門に体温計を指して体温をチェックして。ご飯を食べていなかったり元気がない個体は、エサを替えたり獣医さんに連絡をしてエサに薬を入れたり。プールの底にはフンがたまりますから、週に一回はウエットスーツ姿で手に網を持ち、ウンチまみれになってプールをきれいにします。

日に4〜7回、年間を通して30分間のショーにも出演します。イルカは訓練されているので、足を出せば押してくれるのですが、最初はその力の強さにビックリした。ショープールの深さは6mですが、カマイルカは3秒ぐらいで底まで潜る。オキゴンドウは更に早くて6mを2秒です。

動物は集中力が長く続かないので、練習はショーの合間にちょっとやって、終わりにするのですが。

ガブ、「痛っ!」

アシカのチャチャオに右太ももを噛まれたのは、飼育員になって半年ほど経った頃です。アシカにスムーズにエサをあげられるようになり、はじめてアシカの鼻先にポールを乗せる訓練を行った直後でした。ボールを乗せるタイミングが合わず、部屋に戻す時にアシカがイライラしていた。

人の右側について人が歩いたら一緒に歩く。止まったらアシカも止まると、訓練されているのですが、この時は見たこともない速さで私の前に出ると、振り向きざまガブっと。アシカは小さな牙がありますから、ちょっと傷になりました。

「ポールを訓練させるのが早かったかな」

「アシカに先行され振り向かれたら、避けるように反応しなきゃ」

「まっ、みんな一度は噛まれているから落ち込まないで」

先輩にはそんな声をかけられましたが、

やってしまった……と。アシカのチャチャオが人を噛む気にさせたのは、私の責任ですから。ひと昔前でしたら二度と噛まないように、バシバシっと叩いて怖い思いをさせたのでしょうが今は一切、そんな方法をとりません。

「人のやり方を見て自分なりに工夫しなさい」「何が違っているか、自分で考えなさい」それは先輩飼育員に言われたことで。よく観察していると、先輩は動物の前で優しいと同時に毅然としている。決しておもねることはありません。私は野生動物におもねるような気持ちがどこかにあって、エサをあげるタイミングを動物に合わせてしまった。それが噛まれる原因だったのかもしれない。

そんな体験から演技を仕込むというより、人間の私が野生動物と一緒になって楽しむ、そんなスタンスが大切なのかなと思っています。

イルカショーのMCデビューまでの道

イルカには、すべてホイッスルとエサで演技を教えます。例えばイルカにジャンプを教えるなら、勝手にジャンプした時にホイッスルを吹いてエサをあげる。それを繰り返すことでジャンプ、OKのホイッスル、エサとイルカは覚えます。

長い棒の先端に丸い目印を付け、ここにタッチした時に笛を吹きエサを与える。この繰り返しで棒の先端の印、笛の音、エサと覚える。この棒を高くすれば高いジャンプをしますし、棒をクルッと回せばイルカはそれを追いかけて空中で一回転します。

ショーの司会を任されたのは、飼育員になって半年以上経った頃でした。MCデビューの前は、正面の大型ビジョンに映る自分の姿を想像しながら、「みなさん、こんにちわー、八景島シーパラダイスにようこそおいで下さいましたー。これから出てくるのはカルフォルニアアシカたちです」とか、一人でステージに立って練習しました。

MCデビューの日は緊張しすぎて、プラスチックのエサ箱を腰に固定するベルトを強く締め過ぎてしまい、箱が浮き上がってエサが飛び出てしまった。動物は良い演技をするとエサがもらえると刷り込まれていますが、目の前にエサが沢山あったら、私たちの指示など無視し食べることに夢中になり、ショーになりません。

イルカもアシカも野生動物は、個体によって性格が違います。私の太ももを噛んだチャチャオはやんちゃで、一度ショーの途中で腰のエサ箱の中に顔を突っ込まれて、プールの中にエサをぶちまけてしまったことがあって。エサがプールに浮いていたら演技はしません。しばらく中断したこともありました。

徐々にイルカやアシカ、セイウチたちとの付き合いも慣れていく吉川さん、しかし相手はペットではない。野生動物である。演技をこなしていく上で、野生との付き合い方の難しさや野生動物の可愛さをさらに気づいていくのだが、それは後編で。

取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama